
3:45 自宅発
5:10 八雲町営スキー場奧の
送電線管理道路入口
| 登山 | 地 点 | 下山 |
5:20
6:25
7:05
7:50
8:40
9:50 |
車デポ地点
札幌山
662ポコ
北電管理小屋
分水嶺稜線
頂 上 |
13:40
12:55
12:20
11:30
11:10
10:20 |
| [4:30] | 所要時間 | [3:20] |
14:10 遊楽亭(入浴)
16:00 帰宅
|
八雲町の道南中央分水嶺上に聳えるアプローチの難しい秘峰中の秘峰である。もちろん登山道はなく、南面と東面は谷底からの断崖絶壁、南東側の稜線は鋭い岩峰に遮られ、唯一アプローチ可能なのが北西側の稜線だけである。したがって、積雪期にしか登ることのできない遠い山の一つである。これまでの数少ない記録は、八雲温泉から鉛川沿いを辿り、山美湖の南の尾根から元小屋沢山に登り、分水嶺上を辿るルートである。しかも、厳冬期の1泊2日の記録ばかり・・・。
○プロローグ
道南の地形図に山名の掲載されている1000m超峰21座を4年前に完登し、13座ある900m台の山の中で最後まで残っていたのが、この山である。周りの山からこの山を眺めては想いを滾らせていた・・・。
なんとか日帰りで往復できないかと、日が長くなり雪が締まる4月なら可能かも・・・と、2年前に八雲温泉からのルートに挑戦したが、鉛川の水量が多く、渡渉できなくて断念・・・厳冬期の記録しかないことを思い知らされる。

ところが、
2日前に賀呂山からこの山を目にし(1)、この山に執念を抱いていた岳友のSaさんが、数回目の挑戦で、昨年の2月に一人でラッセルしながら15時間も掛けて踏破したという札幌山経由で中央分水嶺上まで続く送電線尾根が賀呂川を挟んでよく見える。その尾根をじっくり観察しながら下山した・・・。

帰宅後、地図で検討する。往復24kmはあるが、車も奧まで入れ、ラッセルの必要のないこの時期なら10時間もあれば何とかなるだろうと考えたからである・・・結果、登り4時間30分、下り3時間20分、頂上休憩30分で、トータル8時間20分の大満足の快挙となった。もちろん、携帯の通じた頂上からSaさんにお礼の電話を入れた・・・・。
○まずは、昨秋に続き、札幌山へ
残雪の状況からも1日も早い方が良いと、天気予報を信じて、賀呂山の2日後に単独で決行することに・・・・
昨秋登ったばかりの札幌山へ向かう。そのとき管理道を利用した送電線が中央分水嶺まで続いているからである。幸い、その送電線の管理道路への分岐から少し先まで車で入ることができた。
夜明け前の5:20、リュックにスキーを括り付けて送電線下へ続く管理道路を進む。10分ほどで雪が続くようになり、スキーを履くことができた。
送電線に絡みながら残雪を繋いで登っていく(2)。ほぼ1時間で2度目の頂上到着。この時点で、「ひょっとしたら5時間で届くかも?」という淡い期待が頭をかすめる。
頂上からは、まず、2日前に登り、今回の山行の最大動機となった賀呂山と辿った尾根を眺める(3)。
次に、当然目はこれから辿る送電線尾根へと向かう・・・最初に越えなければならない662ポコまで、広く木々が刈り払われてスキー場のゲレンデが続いているようだ(4)。
○送電線の下を中央分水嶺まで
札幌山頂上から送電線の下を下り、662ポコへの登りに掛かる。50mほどの幅で木々が刈り払われている快適な尾根である。したがって、スノーモービルの銀座通りのようでもあり、古いトレースが続く。
662ポコを越えると、目の前に目指す頂上が見えてくる。この後、右側へ大きく迂回しなくてはならないので、気が遠くなりそうな距離だ(5)。
やがて、砂蘭部川の支流小滝川の源頭部を巻くように西側へ大きく進路が変わる。ここは送電線は進路を南に変えるc720ポコまでは谷を跨ぐが、尾根はその外側に続く。
c720ポコの根元に小屋が見えてくる。近づいていくと、まだ新しい小屋だ。
TVアンテナも付いていることから、元小屋沢山にもあったものと同じ北電の送電線管理小屋に違いない(6)。
ここまでで2時間30分・・・距離的には半分を越えているので、5時間登頂が見えてくる。今のところは順調だ・・・日当たりのいい入口の階段に腰掛けて10分ほど休憩。
c720ポコを下り、中央分水嶺への登りに掛かる。
c900付近を横切るクマさんの足跡・・・今年、これで3回目であるが、これまでで最も大きい(7)。
右手には、この送電線が続く元小屋沢山が見える(8)。4年前の晩秋に反対側の相沼内側から続くこの送電線の管理道を利用して登ったことを思い出す。この相沼線と呼ばれている送電線にお世話になるのはこれで3回目だ・・・。
右手には、ここからだと、犬の顔に見える雄鉾岳と割れ岩、そして、その奥には雲海の上に連なる遊楽部山塊・・・・(9)。
c850から狭い急登になるために、スノーモービルのトレースはここでUターンしている。細かくジグを切りながら、3時間20分で中央分水嶺に到着。予想していたよりかなり早い時間だ。
○分水嶺上を沖沢山へ
ここで、元小屋沢山の方へ続く送電線と別れ、左側の分水嶺上を進むことになる。ここまでは広い尾根ばかりで、快適に登ることができたが、この先のコル付近が細くなっているのが心配だ。無事に通過できればよいが・・・。
少し進むと、右手の谷間を埋める雲海の上に、いきなり先月の知床遠征の最終日に天候悪化で試登に終わった尖峰とそっくりの山が目に飛び込んでくる。落ち着いてみると、右奧にスルカイ山がみえるので、この山は918峰である。SHOさんやSeさん&Miさんコンビがこの山容に惹かれて登っているわけが分かるというものだ(10)。
目指す頂上へ続く稜線は、日本海側は雪付きが悪くずっと笹藪が見えているし、太平洋側は雪庇の発達しているが、それが落ち掛けているのが良く分かる。幸い、苦手な岩場やナイフリッジの様なところはなさそうなので、多少の薮漕ぎは覚悟してでも、なんとか頂上へ到達できそうである(11)。
雪庇の根元を慎重に下る。
コルの前後は狭い上に雪庇が今にも崩れ落ちそうなところや割れているところが多い。この様なところは、ハイマツの混じった薮をスキーで踏んづけたり、スキーを脱いで漕いだりしながら進む(12)。
やがて、稜線は広くなり、頂上が近づいてくる。左側の雪庇の根元は怖いので、右側の笹藪に続く雪の斜面を進む(13)。あと1週間遅いと、コル付近の稜線やここは薮漕ぎに悩まされることになるだろう。そういう意味では、今シーズ最後のチャンスかも知れない。いいタイミングで決行を思いついたものだと胸をなで下ろす。
4時間30分で、長い間の念願だった頂上に到着。まだ9:50といううれしい時刻だ・・・。携帯が通じるので、まずは、このルート情報を与えてくれたSaさんにお礼の電話・・・彼の苦労を簡単に横取りしたようで申し訳なかったが、「おめでとう!」という言葉がうれしかった。
頂上は、ポッコリと盛り上がって狭いが、
その下の崖の上から眺める相沼内川の深い源頭部の迫力が凄い。垂直に切り立っているはずの足元は見えないが、この山のシンボルともなっている稜線上の谷底から屹立する岩峰は、この山に登れたという満足感を大きくしてくれる(14)。谷を挟んだ向かい側の918峰の北東面の切れ具合も迫力満点だ(15)。
日本海側は標高750mほどの雲海に覆われているので、それ以下の低い山は見えないが、南側にはSaさんと二人で沢から登り、この山に寄せる想いを滾らせた突符岳と紋内岳も見えた。
岩峰の後には小鉾岳の岩峰も見え、
左側には砂蘭部山も見えるが(16)、太平洋側の平野部も霞んで遠望は利かなかった。
それらの大展望を十分満喫した後、元小屋沢山をバックに記念撮影(17)。
昼食を半分だけ食べて、30分後に下山開始。
○大満足の余韻に酔いながらの下山
登り返しも多いのでシールを付けたまま下る。風が強くなり、日本海側から雲海だったガスがどんどん稜線を越えて来るようになる。送電線まで戻ると、頂上はおろか辿った稜線すら見えなくなっていた。凄いタイミングの登頂だった。
登りで50分要した分水嶺から急な管理小屋までは、わずか20分で下る。小屋の前で、残りの昼食を摂る。
さらに歩き始めたら、後からゴーゴーという風音がする。振り返ったら、先ほどまでいた頂上が日本海側から越えてきた分厚いガスにスッポリと包まれていた(18)。あと1時間ほど遅い登頂だったら、あのガスの中だったことになる。何から何まで絶妙なタイミングで恵まれた長年の念願の山に感謝して下山を続ける。